【インタビュー】中咽頭がん (扁平上皮がん) ステージⅣa  三枝幹弥さん

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中咽頭がん(扁平上皮がん)サバイバー三枝幹弥さんへのインタビューです。

『厳しいガン体験が教えてくれたこと。仕事、家族、東京マラソン』

目次

基本情報

名前: 三枝幹弥さん
年代・性別: 40代、男性
病名: 中咽頭がん(扁平上皮癌)
進行ステージ: ステージⅳa
治療期間: 2010年11月~2011年3月(4カ月間)
受けた治療:化学放射線治療、左頸部リンパ節郭清術

簡単な自己紹介をおねがいします。

名前は三枝幹弥と申します。現在47歳、家族は妻と3人の子供(男13歳。女11歳、女7歳)です。41歳の時(2010年10月)中咽頭がん(扁平上皮癌)を告知されました。原発は左扁桃(T2)、加えて左頸部リンパ節へ3カ所の転移巣(N2b)ありました。(ステージⅳa) 同年11月末より、化学放射線治療。(IMRT+シスプラチン3クール)をこなし、翌2011年1月末に退院。その後の検査で「リンパ節に癌残存の疑い」とのことで、3月末に左頸部(首の左側)リンパ節郭清術を施して頂きました。間もなく5年なります。

中咽頭がん(扁平上皮癌)について補足説明をおねがいします。

ガンの種類は扁平上皮癌でできた部位が中咽頭ということです。

がんの診断が下りた後どのようなことをされましたか?

癌の診断は山梨大学付属病院でした。頭がパニックになりました。一方、私には従兄弟に耳鼻科医がおりましたので診断結果を話し相談したところ、「診断」と「治療」を切り離して考えても良いとアドバイスされました。

切り離して考えるとはどういうことですか?

私の場合珍しい部位のガンだったので、治療は症例数が多いがん専門病院で受けたらいいという事でした。そして治療は癌研有明病院に決めました。
治療方針決定の為の検査(CT、MRI、PETなど)を受ける約一ヶ月の間、入院までの仕事の引き継ぎや関係者(社員・金融機関・取引先など)への説明に全力を注ぎました。やることが山のようにありましたので、入院の準備(心の準備も含め)はあまり出来ていなかったように思います。

経営者の方ががんの診断が下りて治療を受けるというのはどんなお気持ちですか?

私の会社は弟と経営しているのですが、会社のことは弟に任せ私は治療に専念することにしました。そして従業員と取引先金融機関には、弟が引き続き経営するので大丈夫だと安心してもらうよう説明をしました。

山梨から、単身で知らない東京の病院で入院治療するお気持ちは如何でしたか?

この時は自分の中で取り組むことの優先順位をつけてことにあたりました。第一に優先すべきは、治療に専念することだと考えていましたので従兄弟のアドバイスに従い、東京の癌研で治療を受けることに迷いはなかったです。当時はともかく慌ただしくじっくり考える時間は無く、あまり疑問に思うことは無かったと覚えています。

家族や、会社とのコミュニケーションで苦労されたこと、やって良かったこと。

もちろん妻には全てを話しましたが、子供達はまだ幼かったので詳しく話さず出来るだけ自然に接しました。
会社も経営者として皆に不安を感じさせないように振る舞ったつもりです。自分の病気のことは話しましたが、詳しいステージについては不確定要素も多かった為、妻や兄弟以外には詳しくは話さなかったです。
従業員たちを不安にさせない為です。

金融機関とのとのコミュニケーションは如何でしたか?

私が融資を受けていた金融機関はみなビックリしていました。金融機関は会社の資産だけではなく経営者の人となりを見ていますので、病気で直ぐに融資を止めるなんてことは無いにしても中長期的に影響が出かねないので、慎重にコミュニケーションを取り過度に心配させることの無きように努めました。
うわさで聞いた他社の残念な例ですが、経営者が癌になり後継者がいなかったそうで、最終的には融資を止められたなんてこともあったようです。
ただ、私の会社の場合、日常業務に対する私への依存度が小さい為、直ぐに大きな影響が出ない事を説明し金融機関の方に過度な不安を感じさせないよう努めました。

金融機関とのとのコミュニケーションで、やって良かったことは何ですか?

変に隠さず積極的に話したことが良かったと思います。隠せることでもないわけですから。早い段階に自分から説明したことが良かったと感じています。
治療を終え会社に復帰する際は必ず病気治療のことはお話しすることになるわけですから、治療前にお会いしてきちんとご説明すべきと思いました。

お医者さんとのコミュニケーションは如何でしたか?

主治医は若い先生でしたがとても真剣に対応してくれました。私が事前に用意して沢山の質問をしましたが丁寧に返答してくれ、その答えはブレが無く安心感がありました。過度な期待を持たせる事は一切口にしなかった事が真実を語っているように思え、私が「現実」を受け入れるのを助けてくれました。私には合っていたと思います。

治療中、リハビリ中、心の浮き沈みにどのように向き合いましたか?

治療はとても辛いものでしたが、入院中は前に進んでいる感じがして乗り切る事が出来ました。放射線治療の影響で味覚が失われたのが苦しかったのですが、胃瘻を使って必死に栄養補給に努めました。それでも体重は2ヶ月で74キロから58キロまで減ってしまいました。退院後実家に戻りましたが、その頃に大きな精神的な落ち込みが来ました。将来への不安から食事が全く取れなくなり精神的にも不安定な状況になり、精神腫瘍科の先生にアドバイスを頂きました。

どのような不安と、どのようなアドバイスでしたか?

将来に対する不安と現状の不自由さで毎日暗澹たる思いで過ごしていたことを思い出します。
治療後のアドバイスは「今は、癌を完全に治すことが大切だから、まず免疫力を下げない為に一時的に薬の力を借りても睡眠と食事をしっかり取る事を最優先すべし」と言われ睡眠導入剤や安定剤を処方して頂きました。

その後の精神状態は、いかがでしたか?

一時退院してリンパ腺の郭清術の為の再入院をする直前に東日本大震災が起き手術が2週間延期されました。「なぜこの時期にこの出来事が起こるのか、、」と大きく落胆した一方で、テレビで津波の映像を見ながらこの世の不条理を身に染みて考えざるを得ませんでした。その頃から、「生きる」事への自分なりの想いが醸成されたように想います。
今考えると、暗くて出口の見えない長いトンネルでした。

(一時的に)味覚を失うという状況は、どのような感覚ですか?

食べても「味がしない」のではなく、食べるものが「すべて不味い」という感じです。これは放射線の治療を始める前から説明受けていたのですが、全33回の放射のうち、半分くらい過ぎたところから味覚がおかしくなりました。
ですので、途中から胃瘻により栄養分を摂取しました。放射線治療は、回を重ねるごとに辛さが増すのですが最後の方は体重も減りフラフラでした。
体重が戻っていくまでに1年から1年半くらいかかった記憶があります。

なるほど味覚を失い中々食べることができないのに、強い意思で乗り越えられたのですね。

ところで、ご自分は、なぜ、がんサバイバーになれたと思いますか?

今年末で告知から5年が来ますが、正直自分はサバイバーという自覚は無く、その「治った」感は実感できません。自分自身で、なぜ生き残っているのかを問い続けている5年間ですが、まだ、その答えを見つけられていません。3ヶ月おきの検診の度に、「今度は何か見つかるかもしれない」と不安になります。
ここまで生きて来られたのは、結果「そういう巡り合わせ」だけのような気がします。 私が受けたのは全て保険適用の標準治療のみです。気をつけたのは、「体を冷やさない」事と、「(大好きだった)お酒を飲まない」の2点くらいです。

お話を伺っていると積極的に行動され治療を受けて行かれたと思いますが、そういったことはプラスに働いたと思いますか?

そうですね。病気と治療に関することはたくさん勉強しました。お医者さんにも頻繁にご質問して解らないことを理解しようと努めました。そこまでは自分でできることですから。

治療中、社会復帰途上中、苦労されたこと、学んだ教訓。

やはり精神的な辛さが堪えました。ステージを考えると悲しいシナリオも考えざるを得ず、3人の小さい子供達の将来を考えると寝顔を見る度に涙が出ました。
いま、普通の生活に戻りつつあるわけですが、その生活の中で悩みとかつらいこともあるのですが、「ガン治療をしていたあの時に比べたら大した辛さではない」と思えることがとても大きいと思います。

いま、やられていること、今後やろうとされていること。

いま当社の社員には折に触れて私の体験を話しています。最近は若い人の癌を耳にする機会も多くなりました。体験を話すのも、生かされた者の責務のように思います。
また3年前から「治療終了5年後の東京マラソンで完走し、ゴール前にある癌研有明病院の前でガッツポーズ」という目標を立てました。それまでフルマラソンなんて走れるとは思ってもいませんでした。チャリティランナーとして、2014年・2015年と完走する事ができ目標は前倒し出来たのですが、当初の目標通り来年2016年の節目に3度目の完走を目指して週末に走っています。

5年のお祝いで、これまで断っていたお酒を、また、飲まれますか?

いま、色んな方から「5年経ったときのお祝いのお酒は自分と飲んで欲しい!」と嬉しいことを言われるのですが、ありがたい限りです。ただノンアルコールビールで十分楽しいので、このままいこうかなと思い始めています(笑)。

取材:大久保淳一

あん

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